怒涛の二ヵ月

先週、父が千葉の病院を退院して福岡に戻ることができた。
当初考えていたよりも随分早い退院だった…と言っても父の病が「治った」わけではなく、薬のおかげで状態が安定しているだけなので今後も様々な心配はある。
それにしても、最悪の時を思えば「よくぞここまで」という域まで戻ってくれた。
何よりも嬉しかったのは、一時は恐ろしい形相に変わり果てていた父の顔が元の穏やかな表情をかなり取り戻したこと。

父の中にくっきりと刻まれてしまった妄想は消えず、そのことを語るときにはいまだに雰囲気が変化してしまうけれども…それでも声を荒げたり攻撃的な口調になることはほぼなくなった。

以下(長いし重たいので)畳みます…


入院して一週間はひどいものだった。
面会に行くたびに「お前は洗脳されている」「お前の眼は濁っている」「ここにも敵がいる」「早くここを出ないと殺される」「弁護士を呼んでくれ」などと言われ続けた。
病院のスタッフさんを怒鳴りつけ、あらゆることにイチャモンをつけ猜疑心の塊であった。
そんな父と連日会って私は毎晩悪夢にうなされていた。

次の一週間もまだまだ怒りっぽく疑い深く、異常に尊大な言動ばかりで(それは本来の父とはかけ離れている)覚悟はしていても会う度に心が沈んだ。
ただ、多少家族のことを心配する発言も出てきたり本を読みたがったりし始め、本の話題などでは和やかな会話が数分はできるように。

ぐっと落ち着いてきたのが三週目で(日によって状態はかなり違ったが)、先生方から退院の話が出始めた。
聞けば一日の薬の量をわずか1ミリグラム増やしただけなのだという。
高齢で新陳代謝が良くないため、副作用の心配もある薬の量は少ない方がよいのだが「怒りっぽい状態」が一向に改善されないので、6日夜から一ミリ増やしてみたら効果がてきめんに現れた…ということらしかった。
確かに顔つきがぐっと優しくなり、話の中身も否定的なものばかりではなくなってきた。
それでも流石に退院はまだ早すぎる…と家族としては感じたが、プロの眼からは「見違えるような」回復であるらしかった。
しかも「物忘れテスト」は全く問題ないレベルで、福岡で通院さえ続ければ日常生活にも問題ないでしょう、とのこと。

しかし自分の『病気』を一切認めないままだし、妄想状態もまるで治っていないのに退院なんて…と正直戸惑い、先生方に繰り返しそのあたりの相談をした。
先生方の意見はこうだった。

「病気を認められる患者さんは(こういった病気では)ほとんどいません。本人が薄々感じている場合でもグレーにしておきたいのです。ただお父さんの場合は『あれは自分の勘違いだったかも?』などという発言もあり、それは実はとても珍しいことなのです。私たちが妄想と呼ぶものも、本人の中では紛れもない実体験になってしまっているのでそのすべてを否定することは不可能なんです」

ううむ、深い…。
そう聞いてある程度納得しても、どうしても不安がつきまとう。
もし薬の服用をやめてしまったらまたあの最悪な状態に陥ってしまうのでは…と恐れを抱く。
かといって薬を続けると副作用の心配は増す。

妄想は受け流すしかないと頭でわかっていても日々身近に接する家族には相当しんどいものだし、俺が俺がという態度(脳の萎縮による性格変容?)などもひっくるめて病気だと思っても心身ともにグッタリくるし。

ただ先生はこうも仰った。

「ご家族の心配はわかります。でも良い時期に退院しないとご本人にとって非常に悪影響なんです。病院に行けば状態が良くなるとか薬は効き目があるとか、そういう実感があればまた何かあっても病院にかかれます。しかしタイミングを誤ると『二度と入院なんかしない』『薬なんて飲まない』『医師も家族も信用できない』となってしまうことがとても多いんです。ご本人は、入院時に比べれば格段に良い状態になっていますので、あとはご家族の気持ち次第で…病院側やご家族が『病気を理解してうまく折り合っていく』ことに努める番なんです」

ふ、深すぎます先生…。

だけど確かにそうだと思う。

この二ヵ月「病気の父」に振り回された…言い方を変えれば「父の病気」に振りまわされた。
同じように聞こえて本当は意味が違う文章。

罪を憎んで人を憎まず…というのと近いかもしれない。

こちらも生身の人間だし、何より家族だから「どうしてそんなことになってしまうんだ」と嘆き悲しみ、急激な変化に対応できず(こっそりぶっちゃけると私自身、心療内科に数回かかった)、なんといえばいいんだろう…本当にヘロヘロだった。
食べられなくなるし眠れなくなるし、家族のためにかろうじて食事は作るのだけど味付けがどうにもおかしくなるし、身体に力が入らず小さい声しか出なくなり、幼少期の様々な出来事がフラッシュバックし…それでもやること・考えることは山積み。
混乱と怒涛の二ヵ月だった。

自分の弱さに直面して嫌気がさしたり、だけどそれが自分なんだからと思い返したり、強い・弱い・良い・悪い…ではなくてこれが個性!と言い聞かせたり。
泣いたり吐いたり。

とにかくあの妄想状態MAXの父を入院させられたことがまずは大きな一歩で、そして退院にまで至ったことでひとつの山を越えたと言っていいと思う。
この先また第二、第三の山がないとも限らないが…とてつもない山を一度経験したのだから、心構えは違ってくるはず…(と信じたい)。

近くで暮らす姉がしばらくは父の三度三度の食事の世話もしてくれることになり、私としては安心だが大変さを想像するといたたまれなくなることもある。

遠くに居ると「祈る」ことしかできないことが多く…退院した父を福岡まで送り、一泊だけして千葉に戻ってからもバタバタした毎日の中、いつも心に引っ掛かっているものがあって…それでも、この数日やっと長く眠れるようになった。
(だから久しぶりにPCを開いてみる心境になったのだけど、めくるめくスマ情報に翻弄されまくり、ようやく愚日記に辿り着いたという…。)

書きたかったこととは若干ずれた内容になった気がするけど、あとスマ話を一切かかなかったけど、今日はもう面倒くさいので(オイ!)このままUPしちゃおう。

皆さま、またぼちぼちと愚日記やらなんやらでお付き合い願います!