ドーパミン記念日

今日は親友・タルーラの家にドラを連れて遊びに行った。
わが家から電車にのれば20分ほどの距離だが、ドラと駅まで歩くと片道1時間半はかかる。
この道のりを無理なく出かけられるようになったのは、ドラが成長した証である。

タルーラ宅は新築マンションなのでそれだけでも快適空間だ。
気持ちのいいリビングでお昼ご飯をいただき、デザートのシュークリームもぺロリとたいらげ、さらには柑橘系の果物「バンペイユ」をぱくぱくと口にしたドラは大満足で間もなく昼寝を始めた。
(バンペイユ、と聞いてマルセイユとかバスティーユとか、洋風なイメージを抱いたが実は「晩白柚」と書くのだ。字を見るととたんに亜細亜の香りが…。初めて食べたこの晩白柚、最高に美味しかった!大きなザボンのようなみかけですが非常にデリケートなお味です、苦味・酸味・甘味のバランスがとれていてジューシーで、爽やか。)

ドラが寝てくれたのでその間タルーラと二人でのんびりお茶(パラダイスティー)を飲みつつ、うだうだと話す。
学生時代はいつもこんな風にお茶しながらダベッてたよね、などと言っては遠い目になる二人。
そう、あの頃はその時間がどれだけ贅沢なものなのかわからなかった。
毎日のようにそんなことをしていると、贅沢だなんて思わないよな、やっぱり。
しかし忙しく気ぜわしい日々の中でたまに天恵のような一日がやってくると、その有り難さが沁みる。

今日はまさにそんな日だったのだ。
天気はうららか、ドラは機嫌がよく、食べるものはみな美味しく感じられ、友人との会話はとりとめがない。

「こんな日に死にたいよね」とタルーラが言う。
「そうねぇ、ポックリ逝きたいよねぇ」と私は答える。

先のことはわからない。
しかしきっと、私達はうーんとババァになってもお茶をしながら
「今日はいい天気だねぇ」
「このまんじゅうはおいしいねぇ」
などと話していそうな気がする。

そのとき、ふりかえる過去が楽しいものばかりではなくても、自分なりに納得のいくものであればいいと思う。
体のあちこちに少々ガタがきていたとしても、心はいつも若々しく!
みんなにでくの坊と呼ばれ誉められもせず、苦にもされず。
そういうものに、私もなりたい。