ユダヤ人の社長

昨日、野田秀樹作・演出の舞台「ロープ」を観てきた。
これについての感想は別途…書きますとも今度こそ。
今日は一言だけ。
プロレスをモチーフにして現代社会とそこで生きる人間を描き出した今回の作品は、野田さんにしては親切丁寧なる説明が施されエピローグには一縷の希望まで添えられていて、そこに最も危機感を覚えた。

本日のタイトルは「ロープ」に出てくる‘権力の暗喩’としての‘ユダヤ人の社長’であって、ユダヤ人や社長といった人種・立場になんら偏見を抱いているものではないということはご理解頂ければ有難いでござる。

TVというメディアが‘ユダヤ人の社長’に相当部分を操られていることは想像に難くない。
人々が飛びつきそうな話題があればそればかりを垂れ流す「TVのあっち側」。
そんな状態のTVに惑わされすぎ、踊らされすぎの「TVのこっち側」。
視聴率が伸びるからそういう話題を扱うのであろうことを思えば、ユダヤ人の社長は「あっち側」じゃなくて「こっち側」にいるのかもなという気もする。
痩せると聞けば納豆を買いに行く「こっち側」。
猟奇的な事件や沈痛な事故に興奮する「こっち側」。
有名企業の不祥事に義憤を覚える「こっち側」。

少なくとも私のところには「ユダヤ人の社長からの電話」はかかってこないので、私もコロボックルの仲間なのかもな(このへん芝居の話です、説明なしですいません)。
電話がこないから納豆も買わないし(大好きだけどこのところ異常に高値だったので意地で手を出さなかった)、バラバラ事件も興味はないし、昨日は不二家レストランにも行ったし(たまたまなんだが)、交通事故で我が子を失った親御さんのインタビューを敢えて見ようとは思わない(そんなものは見なくたってどんな心持ちなのか痛いほどわかる)。

教育再生会議で「オズマ問題」なるものが議題にされたり(他にもっと話すべきことはないのかッ!)、バラエティ番組につまらんケチをつけるくだらない団体があったり(あたしゃ早くめちゃイケSPの裏側を見たいんだよッ!)、もーほんとーにコロボックルの端くれとしては歯痒くてしょうがない。
だからいっつもコロボックレロ!とばかりにスマに逃避しているようなところもあったりなかったり。さぁどっち。

全体的にひきこもってる日記でごめんなさいましー。
次回はもそっと親切丁寧な説明も加えつつ希望を持って書こうと思いますー。