ピアノの音色

昨夜、表参道の某コンサートサロンに行ってきた。
「ピアノソロとデュオの夕べ」を聴くために、ドラ(息子・仮名)と二人で。

二人のピアニストがまずはそれぞれにソロで、その後にデュオ(2台のグランドピアノ)で演奏して下さり、全体で2時間ほどのリサイタルだった。

実は二人のうちの片方・Aさんは昔々からの友人である。
この愚日記にも何回か書いたような気がするが(その記事を探して貼り付ける、なんて面倒なことはしないズボラスミコ)…彼女とは千駄ヶ谷小1年生の時に同じクラスだった縁で、2年に進級する折に私は転校してその後も引っ越しを重ねたのに細々と文通していたという…ちょっと気の遠くなるような仲(なんだそりゃ)なのだ。

文通は恐ろしく頻繁だった時期(いわゆる思春期!)もあれば殆ど途切れたこともあり、今では年賀状のやりとりくらいに落ち着いてしまった。
それでもコンサートをするときには必ず彼女は知らせてくれ、私も都合がつけば馳せ参じる…というここ数年のお付き合い。
去年はどうしても日程が合わず行けなかったので今年は是非行きたい、と思っていた。
タイミング良く巻き爪も良くなってきたし、ピアノを習っているドラも連れて聴きに行こう!と張り切って出掛けた次第。

会場に着いてドラがいきなり「ねぇ、ピアノソロとデュオの‘たべ’ってなに?」と質問するのでのけぞった。

‘たべ’ちゃうわ!

「これは‘ゆうべ’です、ゆうべ!」
「へぇぇ。ゆうべっていっても今日だよね」

…君とここで漫才をするつもりはない…。

そうこうするうちにホールは満員となり、主役の二人を待つばかり。

まず壇上に現れたOさんは、Aさんと同年代の楚々とした女性。

フォーレノクターンが優雅に奏でられる。
続いてドビュッシーのベルガマスク組曲
(かの有名な「月の光」はこの組曲の一部なのであった、ピアノの音は大好きなんだけど知識が薄くて申し訳ありません!←誰に謝ってるんだろう?)

Oさんの、軽やかで澄んだ音色にうっとりしていた私の横でドラは睡魔と戦っていたようだが、そんなことは気にしない気にしない。

演奏が終わり、Aさんがゆったりとステージ中央に歩いてきた。
青いイブニングドレス姿の彼女は、ほっそりと美しく凛と気高く、拍手しながらなぜか顔がニヤついてしまうスミコであった。

しかし。

彼女がピアノと向き合ってブラームスの6つの小品を演奏しはじめると、ニヤついてなどいられなかった。
2年前には感じなかった圧倒的な迫力。
(2年前に聴いたのはシューベルトシューマンの歌曲で、歌に合わせる優しい伴奏だったから‘迫力’より‘繊細さ’が全面に出ていたのだろう。)

ドラもしゃっきり目を覚まし背筋を伸ばして聴いていた。
ある程度の長さのある作品を、一気に弾き終わり微笑んで一礼する彼女に見惚れる。

ここで休憩が入り、ドラがまたあれこれ訊いてくる。

「この時間は、あの人たちは何してるの?」
「少し休んでリラックスして、次の曲に備えてるんじゃない?」
「えーそう?あ、早着替えするんじゃない?あと、腕に筋肉痛のスプレーとかさ!」

…ドラよ。
あの素晴らしき音に包まれた直後にそのよーな発想をするのか君は…。

まぁいい。

舞台上にはもう一台のグランドピアノが運び込まれ、デュオの準備が整えられつつあった。

2台のピアノで演奏されるのはバッハのファンタジーとフーガ、リストの交響曲レ・プレリュード。
栞には「バッハによる壮麗なファンタジーとフーガを原曲のパイプオルガンから2台のピアノに編曲したバージョンで。また、オーケストラによる交響曲レ・プレリュードを作曲者リスト自信がピアノ用にアレンジした作品をお届けします」とあった。

これがまた!
圧巻のデュオでありました、グランドピアノ2台であそこまで華やかで重厚な世界が広がるなんて…!

ドラも目を見開いて聴き入っておった、よし!

私はピアノの深く力強い音に圧倒されながら、ピアニストとしてのAさんと幼馴染みとしてのAさんを二重に観て、そして彼女がこれまで経験した辛い出来事を様々に思い出していた。
そして去年、突然「結婚しました」という葉書を貰って驚いたこと、嬉しくてすぐに電話をかけたことや、今回のコンサートに行くねと連絡すると昔と変わらぬ柔らかい声で喜んでくれたことも。

あそこで圧巻の演奏をしている彼女のほんの一部しか私はしらないけれども、彼女の歩いてきた道の片隅に自分も含まれていることがなんだか誇らしいというような、だけど今の自分は小さくくすぶっていてなんだか穴があったら入りたいというような、へんてこな気持ちにもなりつつそれでも何もかもピアノの音色に昇華されるような感覚を抱いていた。

すべての演奏が終わり、余韻に浸りたいところだけれども翌日もドラは学校である、そそくさと帰らねばならない。
残念ながら表参道から我が家は近くないし、泣。

ホール出入口でお客様たちに囲まれているOさんとAさんを見てドラが「ファンミーティングみたいだね!」と知ったよーなことをほざく、笑。

Aさんとは「ありがとう!」と短く言い合って別れたのだけど、久しぶりに長い手紙を書きたくなった…こっぱずかしいけどね。

もう決して若くない私たち。
でもまだ老齢ではなくて。

体力的なことだとか、なんだか老眼ぽくなってきたことだとか、プレ更年期のプレはもう外れそうなことだとか、ちまちました悩みはあるけど。
家の内外にも小さなことから大きなことまで問題はあるけど。

くすぶってちゃいかんな。

Aさんの音に、姿に、じんわりと気付かされた。

久しぶりにメールではなくて、手紙を書こう…40年来の友人に。